熊谷市 Kumagaya-shi

熊谷駅前

►ゆかりの人物
  斎藤 実盛・・越前国の出で、長井庄(現・熊谷市)を本拠とした平安後期の武将。白髪を黒く染めて戦った。
  熊谷 直実・・熊谷郷(現・熊谷市)を本拠とした。平家の若武者敦盛を討った際に世の無常を思い、出家する。
  吉田 市右衛門・・五代にわたる襲名で代々、慈善事業に取り組む。土木治水、飢饉救済などで私財を提供し声望が高かった。
  根岸 友山・・剣術を千葉周作に学び、一時、壬生浪士組(後の新選組)隊士。後に脱退し、勤王思想書・吐血論を刊行した。
  奥原 晴湖・・幕末から明治期の画家。野口小蘋とともに明治の女流南画家の双璧。代表作に「松上鷹図」など。
  竹井 澹如(たんじょ)・・群馬の生まれ。初代熊谷県議会議長となり終生、地域に貢献。澹如が作った星溪園が市内に残る。
  権田 愛三・・麦作の生産性を飛躍的に高めたことから、麦王又は麦翁(ばくおう)と称される。技術指導は国内全域に及ぶ。
  荻野 吟子・・妻沼町俵瀬(現・熊谷市)に生まれる。明治期に試験に合格し、日本最初の女性医師となった。

►食のレガシー
  五家宝〔和菓子〕・・・・・・
   江戸後期、文政年間に五嘉棒の名で売り出されたのが始まり。
   製法は時代や地方によって様々であったが、今は熊谷市の名産品としての五家宝が特に著名。
   おこし種を水飴などで固め棒状にした芯をきな粉に水飴などを混ぜた皮で巻き付け、さらにきな粉を表面に
   まぶす。青色のものは青大豆を用いて製造される。

  いなり寿司・・・・・・・・・
   江戸中期の宝暦年間、市内妻沼地区は聖天さまの門前町や利根川の宿場町として栄えた。
   当地のいなり寿司は、聖天信仰の中で生まれた名物。
   いなり寿司3本に巻きずしを加える。いなりの形状は他の地域より長い細長の俵状。

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