►ゆかりの人物
太田 道灌・・岩付城の他、江戸城と川越城を拠点として整備し、今日いずれの街も廃れず。立地選眼力も卓抜だった。
太田 資正・・道灌の後裔(玄孫)。岩付城をめぐって小田原北条氏と抗争する。
高力 清長・・徳川譜代の家臣として江戸初期に岩槻藩主となる。温順にして慈愛深く、仏高力とあだ名された。
伊奈 忠治・・内政全般の手腕に秀でていた忠次の子。利根川東遷事業を成功させる。市内には見沼溜井と八丁堤の跡が偲べる。
井沢 為永・・享保改革時、八丁堤を切り見沼溜井を干拓し、見沼代用水と見沼たんぼを整備した土木家。見沼自然公園に銅像あり。
大岡 忠光・・第9代将軍徳川家重の側近として活躍。上総勝浦藩主を経て、岩槻藩主。
児玉 南柯・・江戸後期の教育者、儒学者。隠居後は藩主の侍読となり、私塾・遷喬館(のちに藩校)を創設。
稲垣 田龍・・天文学者、武術家(棒術・剣術・柔術)、教育者。名主として晩年まで農業に勤しむ。鈴谷の天神社に碑あり。
白井 助七・・中山道宿場町として繁栄した大宮町が衰退の危機に陥った際、大宮駅の誘致と敷地無償提供で功があった明治期の政治家。
北沢 楽天・・明治から昭和期の漫画家、日本画家。1905年創刊のB4判漫画雑誌・東京パックが著名。
寺内 萬治郎・鎌倉文士に浦和画家、という言葉が一時あった。浦和画家の一人。代表作に 横臥裸婦(東京国立美術館蔵)
武井 武・・・与野町生まれの理学博士。複合酸化物で磁性材料のフェライトの研究で著名。
►食のレガシー
鰻の蒲焼・・・・・・・・・・
鰻の可食性への気づきは縄文期出土の鰻の骨からも確認できる。室町期にはぶつぎりを蒲の穂に見立てた
蒲焼の原型ができる。焼きの一部が蒸しに置き換わる江戸情緒の鰻は、関東の濃口醤油と結びつくことで
美食度を高めるに至った。
昔の浦和は池沼や小川で獲れる鰻が豊富だった。江戸期に行楽客のために地物のうなぎを出して評判を博す。
養殖主体の現代でも当地定番のグルメ。