►ゆかりの人物
寛朝 ・・・・・祖父に宇多天皇。大僧正。平将門の乱では自ら関東に下向し祈祷。その際、不動明王を本尊とする成田山新勝寺が創建。
木内 惣五郎・・公津村名主。義民。佐倉宗吾とも。領主堀田氏の重税に反対し、将軍への直訴。裏付け資料に乏しく経緯には謎が多い。
►食のレガシー
鰻の蒲焼・・・・・・・・・・
鰻の可食性への気づきは縄文期出土の鰻の骨からも確認できる。室町期にはぶつぎりを蒲の穂に見立てた
蒲焼の原型ができる。焼きの一部が蒸しに置き換わる江戸情緒の鰻は、銚子の濃口醤油と結びつくことで
美食度を高めるに至った。
成田には昔から印旛沼で獲れる川魚の幸があった。元禄の頃、庶民が成田詣をする際の夏の楽しみとして
うなぎ料理が門前町の旅館などで提供され、繁盛してきた経緯がある。養殖主体の現代でも当地定番のグルメ。