►ゆかりの人物
安倍 頼時・・・奥州安倍氏の族長。平泉周辺を勢力圏とし前九年の役で源頼義と戦った豪族。藤原清衡は孫。
安倍 貞任・・・頼時の子。剛勇の呼び声高い武士。前九年の役で奮戦したが源頼義・義家に敗れ平泉周辺の支配が終わった。
藤原 清衡・・・奥州藤原氏初代。平泉を本拠と定め、中尊寺金色堂を建立し黄金文化の礎を築いた。
藤原 基衡・・・奥州藤原氏二代。平泉に毛越寺を造営し、清衡が築いた平泉文化をさらに発展させた。
藤原 秀衡・・・奥州藤原氏三代。平泉の黄金文化を最盛期に導き、義経をかくまった奥州の覇者。
藤原 泰衡・・・奥州藤原氏四代。頼朝の圧力に屈し、義経を衣川館で攻め滅ぼしたが、そのまま平泉政権の終焉に至った。
武蔵坊 弁慶・・義経に従い平泉衣川館まで供をし、最期まで義経を守り、立ったまま絶命した伝説の僧兵。
源 義経・・・・兄頼朝に追われて秀衡を頼って平泉に逃れたが、その子の泰衡に攻められ、衣川館で自害した悲運の武将。
►食のレガシー
もち御膳・・・・・・・・
岩手県南地域が比較的気候も温暖でお米作りに適していた。もち米作に適したことが背景となって、
一関や平泉地域に伝わるもち料理は、なんと約300種類にのぼるという。
もち御膳の原型は「もち本膳」と呼ばれる正式な儀礼食。冠婚葬祭などのあらたまった席で儀礼の儀礼食は、武家の年中行事で
食べられていたもので、武家社会に伝わる礼儀作法・小笠原流と料理の家元・四条流の流れを組んだものと伝承される。
もちは作法に沿って「あんこもち→料理もち(変わりもち)→雑煮もち」の順に食したい。