017. 土井晩翠と、月の影
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土井 晩翠
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『晩翠詩抄』岩波文庫 1971(改版)
広瀬川
都の塵を逃れ来て
今わが帰る故郷の
夕涼しき広瀬川
野薔薇の薫り消え失せて
昨日の春は跡も無き
岸に無言の身はひとり。
時をも忘れ身も忘れ
心も空に佇めば
風は涼しく影冴えて
雲間を洩るゝ夏の月
一輪霞む朧夜の
花の夢いまいづこぞや。
憂よ思よ一春の
過ぎて跡なき夢のごと
にがき涙もおもほえば
今に無量の味はあり
浮世を捨てゝおくつきの
暗にとこしへ眠らんと
願ひしそれも幸なりき。
流れはゆるし水清し
楽の、光の、波のまに
すゞしく澄める夜半の月、
あゝ自然の心こゝろにて
胸に思のなかりせば
楽しかるべき人の世を。