横浜市 Yokohama-shi

横浜港

►ゆかりの人物
 畠山 重忠・・・・1205(元久2)年、二俣川で北条義時勢数万騎を迎え撃ち、奮闘の末討ち死にする。
 太田 道灌・・・・1478(文明10)年の小机攻め。「小机は先手習いの初にて いろはにほへとちりぢりになる」
 板部岡 江雪斎・・後北条氏の外交僧。緑区長津田に供養塔あり。
 マシュー・ぺリー アメリカ合衆国の海軍軍人。横浜村は日米和親条約交渉の舞台。
 佐久間 象山・・・松代藩士。兵学者・朱子学者・思想家。開港地を横浜とすべき旨を江戸幕府に主張した。
 井伊 直弼・・・・幕末の大老。通称掃部(かもん)。掃部山公園の名が残る。横浜の開港を決断した。
 妻木 頼黄・・・・建築家。明治建築界の三大巨匠の一人。東京府庁舎、横浜正金銀行本店(現存)などを建設。
 岡倉 天心・・・・横浜市生まれの美術思想家。日本美術院を創設し東洋美術の復興に尽力した。
 今村 紫紅・・・・横浜出身の日本画家。35歳で夭逝したが、大胆で独創的な作風は後進に大きな影響を与えた。
 長谷川 伸・・・・横浜市生まれの小説家。大衆文芸作家であり、人情の機微に通じ、股旅物の作者として著名。
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 吉川 英治・・・・小説家。国民文学作家として文化功労者、文化勲章受賞。現在の横浜市中区の生まれ。
 大佛 次郎・・・・鞍馬天狗などを著し、昭和期の代表的な大衆作家。港の見える丘公園近くに大佛次郎記念館。

►名勝 ※外部リンク
 三溪園
 山手公園

►食のレガシー
 牛鍋・・・・・・・・・
  ぎゅうなべは明治時代に広まった和風すき焼きの原型。文明開化の歴史を感じながら、牛鍋専門店で
  それぞれに個性ある老舗の味たちを楽しみたい。ただのすき焼きでしょ、と割り切っていたら、
  食の楽しみを拡げることはできない。この地で食すべきは牛鍋である。

 横浜中華・・・・・・・
  神戸、長崎とともに日本三大中華街の一角を占める。横浜中華街では、主に北京、上海、広東、四川
  そして台湾料理と、中華が食べたいときには、多少マニアックな要望も受け止められる幅広い名店が
  揃っている。

 シーフードドリア・・・
  『ホテルニューグランド』で1927年の開業時から初代総料理長を務めたサリー・ワイルが考案した料理。
  お客の要望を受けて即興で作った"Shrimp Doria"(海老と御飯の混合)は、レギュラーメニューになり、
  今もホテルニューグランドの名物料理。

 スパゲッティ ナポリタン・・・
  同じく、ホテルニューグランドの2代目総料理長 入江茂忠が、接収時代、茹でたスパゲッティに塩、
  胡椒、トマトケチャップを和えた物を米兵が食べているのを知り、アレンジを加えて生み出した一品。
  発祥の地はナポリではなく横浜だった。

 喜最中(きもなか)・・・・・・
  あんがはみ出すほどに盛り込んだ”喜最中”の始まりは明治の頃。横浜は本牧、喜月堂の看板商品。
  昭和27年に神奈川県指定銘菓に認定されて以降も、小豆餡と栗餡の上品な甘さが人気。地元定番の菓子折り。

 レーズンサンド・・・・・・・
  レーズンを洋酒に漬け込み、クッキーでサンドした菓子。
  1969年設立のかをり商事が手掛ける横浜かをりのレーズンサンドは、横浜土産定番の一品。

 マティーニニューグランド(カクテル)・・
  滞在中のマッカーサー元帥からドライマティーニの注文が入ったのだが、ドライマティーニに欠かせない
  ドライベルモットがどうしても用意できなかったため、苦肉の策としてドライベルモットの代わりに
  シェリー酒を使ったドライマティーニを作り、提供した。
  そんな歴史の1ページを今もホテル1階のバーで楽しむことができる。
  古いストーリーを持つカクテルは、そのほかにも「ヨコハマ」、「バンブー」など何点かある。

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