►ゆかりの人物
島津一族・・ 家祖・忠久が源頼朝より南九州島津荘を得たのが発端。荘園は薩摩・大隅・日向・越前に亘った。
調所 広郷・・江戸後期の薩摩藩の家老。笑左衛門。藩財政改革に成功したが、服毒自殺する。
税所 篤・・・西郷隆盛、大久保利通と共に薩南の三傑と並び称された。各地の県知事等を歴任。
西郷 隆盛・・幕末から明治初期の政治家、軍人。約8カ月に及ぶ西南戦争は、城山での自決をもって終結する。
大久保 利通・西郷隆盛、木戸孝允と並んで維新の三傑。初代内務卿。
海江田 信義・薩摩藩士 有村兼善の子。貴族院議員、枢密顧問官などを歴任。
松方 正義・・内閣総理大臣(第4・6代)、大蔵卿・大蔵大臣を長く務めた。その政策は松方財政と呼ばれる。
三島 通庸・・薩摩藩士の子。戊辰戦争後は南東北、北関東の県令を歴任し、会津三方道路などの建造を敢行。
五代 友厚・・上級藩士で儒学者の五代秀尭の子。鹿児島城下長田町城ヶ谷の生まれ。薩英戦争時に一時捕虜に。
樺山 資紀・・加治屋町二本松馬場に薩摩藩士・橋口家の三男。政治家、海軍大将。
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黒田 清隆・・新屋敷通町の薩摩藩士・黒田清行の子。第2代内閣総理大臣。
大山 厳・・・陸軍大臣、元帥陸軍大将。西郷隆盛・従道兄弟は従兄弟。
西郷 従道・・隆盛の弟。加治屋町に生まれる。元老、海軍大臣(元帥)、内務大臣、貴族院議員等を歴任。
森 有礼・・・第1次伊藤内閣で初代文部大臣。明六社、商法講習所(一橋大学)の設立し明治六大教育家とも。
東郷 平八郎・薩摩藩士の子。明治時代の日本海軍の指揮官として日清及び日露戦争の勝利に大きく貢献。
山本 権兵衛・薩摩藩士の子。藩の郷中では勇猛さで知られた。内閣総理大臣(第16・22代)。
床次 竹二郎・薩摩藩士の子。官僚、政治家。内務大臣、鉄道大臣、逓信大臣を歴任。
►名勝 ※外部リンク
旧島津氏玉里邸庭園
仙巌園附花倉御仮屋庭園
►食のレガシー
つけあげ(さつま揚げ)・・・・・
つけあげの歴史は古く、薩摩藩主・島津斉彬が、諸藩に伝わる紀州はんぺんやかまぼこにヒントを得て、
高温多湿の鹿児島県の気候に合わせ保存性が高まるよう揚げ物にしたのがはじまりという説や、
琉球料理の揚げかまぼこである“チキアーギ”がなまって「つけあげ」になったという説もある。
ぢゃんぼ餅(両棒餅)・・・・・・
つきたての餅やもち米粉を使っただんご串を2本さして、とろみのある砂糖醤油ダレをかけて食べる、
鹿児島県で古くから親しまれている料理。両棒餅と書く。
発祥は古く、南北朝時代、後醍醐天皇の子である懐良親王が、鹿児島市の谷山城に滞在していた際、
谷山城主の谷山隆信が親王に献上したことに由来する。
かるかん(軽羹)・・・・・・・・・・・・
かるかん粉、山芋、水を使ってつくる鹿児島県の銘菓。
幕末期の藩主・島津斉彬が江戸から招聘した菓子職人によって考案された、といわれる。
げたんは・・・・・・・・・・・・
かつて米の集荷地であった横川町(現・霧島市)に集まる人をもてなすためのお茶うけとして
つくられた鹿児島の郷土菓子の一つ。見た目が下駄の歯に似ていたことに由来。
白熊・・・・・・・・・・・・・・
削った氷に練乳をかけ、その上にチェリーやレーズン、みかん、パイン、小豆、寒天と、
色とりどりのトッピングをのせた氷菓子のことで、その名は全国に知られる。
昭和20年代に創業した老舗飲食店が発祥であるといわれている。