►ゆかりの人物
南光坊 天海・・江戸城の鬼門の方角を憂慮し、将軍秀忠から上野公園の地を拝領。東叡山寛永寺を開山する。
幡随院 長兵衛・江戸前期の町人。町奴(やっこ)の頭領。浅草花川戸で口入れ屋を営む。
平賀 源内・・・江戸中期の発明家。現 神田駅周辺で何度か転居し、最後の住まいが橋本町(台東区橋場)。
蔦屋 重三郎・・吉原遊郭街に生まれ、日本橋進出前は吉原五十間道沿いに書肆「耕書堂」を営んでいた。
笠森お仙 ・・・谷中の笠森稲荷門前の水茶屋・鍵屋で働いていた看板娘。鈴木春信らの浮世絵でも数多く登場する江戸中期のアイドル。
榎本 武揚・・・御徒町の御家人の子として生まれる。幕末に幕臣を経て明治期に政治家。江戸っ子の代表的人物とも。
高村 光雲・・・下谷の町人の子として生まれる。仏師、彫刻家。代表作に西郷隆盛像(上野恩賜公園)。
黒田 清輝・・・薩摩出身の明治期の洋画家、政治家。東京国立博物館のそば、黒田記念館に油絵の代表作等の展示がある。
中村 不折・・・洋画家、書家。台東区根岸の旧宅跡に書道博物館(現:台東区立書道博物館)を開館。
横山 大観・・・水戸出身の日本画家。上野池之端に住んだ。自宅後に横山大観記念館が残る。
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樋口 一葉・・・たけくらべは、荒物駄菓子店を営んだ龍泉寺町(現・台東区竜泉)で材を得た作品。旧居後に一葉記念館。
朝倉 文夫・・・大分出身の彫刻家。谷中の旧居跡に朝倉彫塑館。
►名勝 ※外部リンク
旧朝倉文夫氏庭園
伝法院庭園
横山大観旧宅及び庭園
►食のレガシー
天丼・・・・・・・・・・・
浅草にある老舗の天丼御三家は「三定(さんさだ)」「大黒屋(だいこくや)」「葵丸進(あおいまるしん)」
近年は、旅行中の外国人による需要も多く、天丼屋が特に繁盛する土地柄。
とんかつ・・・・・・・・・
明治期に西洋料理のポークカツレツを日本人向けにアレンジしたのがとんかつの祖型。その後、
1929(昭和4)年に今風のとんかつを初めて売り出したといわれているのが上野御徒町の「ポンチ軒」。
カツレツとの違いは厚切りの肉を使い、天ぷらのようにたっぷりの油で揚げて、あらかじめ包丁で切ってから
皿に乗せて出される。千切りキャベツを添えて、ご飯とお味噌汁とともに食べるあの定番スタイルである。
上野、浅草は、今でもとんかつの激戦区である。
どぜう鍋・・・・・・・・・
駒形どぜうの初代当主“越後屋助七”の発案で暖簾に「どぜう」と記し、どじょう鍋を提供した。
生きたままのドジョウに酒をたっぷり振りかけ、体内の水分が酒に入れ替わり泥酔状態になったところを、
江戸甘味噌仕立ての汁でゆっくり煮込んだもの。
とろろ汁・・・・・・・・・
1929(昭和4)年に隅田川のたもとにて暖簾をかけた「浅草むぎとろ」では、大和芋、伝統の秘伝出汁、麦ごはん
が織り成す健康的な味わいを楽しめる。
焼肉・・・・・・・・・・・
食のレガシー選出要件の一つは、概ね50年以上同一レシピで実食に供されていること、としている。
その目線で、国内に50年以上の食の歴史を紡いだ焼肉とは、1976年に開店した高級焼肉店・叙々苑(六本木)
以前からある焼肉であって、今でもその原型が伝わっている焼肉である。
在日コリアン、漬けダレ、ホルモンが日本流焼肉のはじまりを形成する。
昔から焼肉店が愛好され、焼肉文化が特に栄えることになった土地は、東京は新宿、上野、浅草、池袋など。
関西は大阪と京都と見ておきたい。