►ゆかりの人物
武田二十四将 ・信玄の家来の内、後世に講談や軍記などで人気が特に高い24人を指して呼ばれる。
武田 信虎・・・武田氏15代当主。守護所を石和館から甲府(甲府市古府中町)へ移転。躑躅ヶ崎館の建設に着手する。
快川 紹喜・・・臨済宗妙心寺派の僧。恵林寺において焼死した際、心頭滅却せば火も自づから涼しと辞世の句を残した。
永田 徳本・・・戦国後期から江戸初期の医師。諸国を巡り安価で医療活動を行い「医聖」と称された。
武田 信玄・・・武田氏16代当主。信虎の嫡男。要害山城(現 甲府市内)に出生したといわれる。甲斐の虎。
大久保 長安・・土屋昌続の与力。主家滅亡後、徳川家臣となって以降は釜無川や笛吹川の堤防復旧や新田開発、金山採掘に尽力。
徳川 忠長・・・徳川家康の孫。甲府藩主。駿府藩主。
徳川 綱重・・・甲斐国甲府藩主。6代将軍家宣の父。「聡明叡智ノ御器量タリ」との評が残る。
柳沢 吉保・・・江戸前期の側用人、大名。5代将軍綱吉の寵愛を受け大老格。土屋氏と並び、武田遺臣から近世大名化。
徳川 家宣・・・綱豊。6代将軍。甲府宰相。徳川実紀に「仁慈の心あり」との評。
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石橋 湛山・・・少年時代を甲府で過ごす間、自身の人生観に大きな影響を与える大島正健校長と出会う。
望月 春江・・・甲府市出身の日本画家。多くの代表作は山梨県立美術館に寄贈されている。
►食のレガシー
ほうとう(餺飥)・・・・・
小麦粉を練り平らに切った「ほうとうめん」を、たっぷりの具材とともに味噌仕立ての汁で煮こんだもの。
「朝はおねり、昼は麦飯、夜はカボチャのほうとう」というのが長い間甲州農村の日常生活での標準型という郷土料理。
山梨を訪れる観光客のみならず、地元住民にとっても変わらぬソウルフードとして親しまれ続けている。