►ゆかりの人物
平 貞能・・・・平氏譜代の有力家人。定義山(西方寺御廟 貞能堂)の伝承あり。
虎哉 宗乙・・・臨済宗妙心寺派の僧。政宗とは終生、師弟の関係にあったとされる。
伊達 政宗・・・仙台藩(62万石)の初代藩主。
支倉 常長・・・ローマ皇帝からローマ帝国貴族の称号を得た伊達家の臣。
伊達騒動の関係者 江戸前期に仙台藩で起こったお家騒動。
松尾 芭蕉・・・おくのほそ道の旅で仙台に立寄る。「あやめ草 足に結ん 草鞋の緒」
林 子平・・・・高山彦九郎・蒲生君平と共に「寛政の三奇人」の一人。
菅井 梅関・・・江戸後期の文人画家。
菊田 伊洲・・・江戸後期の狩野派の絵師。
大槻 磐渓・・・仙台藩士。藩校 養賢堂の学頭。奥羽越列藩同盟の結成に注力。
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山南 敬介・・・新選組隊士(副長、総長)。陸奥国仙台の出身とされる。
細谷 十太夫・・直英。幕末期の仙台藩士。戊辰戦争時は黒装束を身にまとう鴉(からす)組を束ねる。
星 恂太郎・・・幕末期の仙台藩士。大番士。横浜で西洋砲術を学び、洋式軍隊である額兵隊を組織。
北白川宮能久親王 幕末期に仙台藩に身を寄せ、奥羽越列藩同盟の盟主に擁立された皇族。東武天皇とも。
仙台 四郎・・・宮城県仙台市に実在した人物。「福の神」として人気がある。
土井 晩翠・・・詩人・英文学者。
山梨 勝之進・・海軍大将。昭和天皇の信任が厚かったと言われる。
阿部 次郎・・・東北帝国大学法文学部学部長。著作に「三太郎の日記」など。仙台市名誉市民の一人。
井上 成美・・・帝国海軍きっての知性といわれた最後の海軍大将。
甘粕 正彦・・・仙台市生まれの陸軍軍人。甘粕事件で服役した後は、満州に渡り、満洲映画協会理事長。
►名勝 ※外部リンク
秋保大滝
磐司
つゝじが岡及び天神の御社(奥の細道の風景地)
木の下及び薬師堂(〃)
►食のレガシー
牛タン焼き・・・・・・・・・
その発祥は戦後間もない1948年頃に仙台で「味太助」の創業者・佐野啓四郎氏の考案。
笹かまぼこ・・・・・・・・・
笹の葉の形をした蒲鉾の一種。魚のすり身と塩などを混ぜ、笹形に型取りして焼く。
明治期、豊漁のヒラメを腐らせずに商品化する方法として考案されたのが起源とされる。
主な魚種はスケトウダラなど。実際には多彩な魚種で製造可能。
かつて大量に余ったヒラメを使ったものは今や希少な高級品。
ずんだ餅・・・・・・・・・
枝豆をすりつぶして砂糖と塩で味付けした餡(ずんだ餡)を餅に絡めた和菓子。
仙台長茄子漬け・・・・・・・・・
仙台茄子は、文禄の朝鮮出兵の帰りに博多から種を持ちかえり、領内で栽培したのが
はじまりと伝わる。小ぶりの茄子で、早生のため色つやが良く皮は薄い。
塩漬けや醤油漬けにした市販品である。
冷やし中華・・・・・・・・・
仙台支那料理同業組合の組合員により、夏季に楽しむ麺として1937年に考案された。
店の名は⿓亭。ついた名称は涼拌麺(りゃんばんめん)。具材は別皿に添える元祖の味を
求め、今も同店を訪れる人が絶えない。
萩の月(洋菓子)・・・・・・・
カスタードクリームをカステラで包んだ、さながら満月のような手乗りサイズの洋菓子。
1979年から菓匠三全が販売している。芭蕉の俳句「一つ家に 遊女も寝たり 萩と月」、
この句を思い浮かべられるような月と女性の絵がパッケージ。尚、萩は仙台市の花。
みちのく煎餅(和菓子)・・・・・・・
明治12年創業の「御菓子司 賣茶翁(ばいさおう)」の和菓子。
波照間産黒糖由来の糖蜜を、もち米を香ばしく焼いた種に一枚一枚刷毛で塗った
軽い食感の煎餅。
ウイスキー・・・・・・・・・
イギリス(UK)およびアイルランド発祥の特産酒。
ニッカの宮城峡蒸溜所で作られるウイスキーは、
シングルモルトの宮城峡をはじめ多彩なラインナップが揃う。
世界に愛飲者が多い酒だが、日本産のウイスキーは2000年代以降、
各種の受賞を通じて国際的な評価も高まり、発祥地にひけを取らないレベルに達している。
レゲエパンチ(カクテル)・・・・・・
ピーチリキュールを烏龍茶で割ったカクテル。仙台市国分町のショットバー
「サウサリートカフェ」で常連客の女性から「一見強いお酒のようだけれども、飲みやすい
カクテル」がリクエストされ、バーテンダーの黒澤亮一氏が創作した。
1990年代のクラブブームの中、踊りながら喉を癒した当時の若者にとっての懐かしの一杯。
九重(和菓子飲料)・・・・・・・
細かなあられ球の粒々に柚子、ぶどう、緑茶の風味をつけた糖衣を絡めたもの。
製造元の九重本舗玉澤は、仙台藩の御用菓子司がルーツ。
商品名の名付け親は明治天皇。
政岡豆(和菓子)・・・・・・・
伊達騒動を脚色した歌舞伎「伽羅先代萩」の登場人物政岡にあやかった、かつての仙台の代表銘菓。
1900年代中盤に半世紀にわたって流行を博した。
煎り豆に砂糖をかけたもので、白・緑・こげ茶の三色があったという。現在は作り手なし。