►ゆかりの人物
鎌倉初期の御家人 鎌倉幕府では、当初有力御家人13人による合議制が敷かれる。二代将軍頼家の親裁権を抑制する働きをした。
執権北条氏 ・・・伊豆国出身の豪族で、鎌倉幕府の執権職を世襲した一族。戦国大名の後北条氏との混同を防ぐため、こう呼ぶ。
源 頼朝・・・・・鎌倉に幕府を開いた初代将軍。当初幕府は頼朝の邸宅であった大蔵御所(現・二階堂~雪ノ下周辺)に設置。
北条 政子・・・・頼朝の正室。子に頼家、実朝など。三代実朝の没後は尼将軍となって鎌倉幕府を支え、承久の乱を乗り越えた。
源 頼家・・・・・二代将軍。比企氏の滅亡に伴い、後ろ盾を失った頼家は将軍職を剥奪。伊豆国修禅寺に幽閉後、暗殺される。
公暁 ・・・・・・源頼家の次男。3代将軍実朝を暗殺し、直後に執権北条氏の命を承けた長尾定景に討たれた。
源 実朝・・・・・鶴岡八幡宮で公暁から「親の仇」と、白刃を浴びせられ死去。源氏将軍の直系は断絶する。
鎌倉五山の僧侶 ・中国の様式にならい、臨済宗の寺格を鎌倉にある寺院に充てた。建長寺、円覚寺、寿福寺、浄智寺、浄妙寺を五山という。
摂家将軍、宮将軍 3代将軍実朝の跡は、京都から来た摂関家の九条氏が2代、親王が4代続いた。
上杉 重房・・・・6代将軍宗尊親王の介添えとして共に鎌倉へ供奉した。丹波国上杉庄を賜ったことにより上杉氏と称する。
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南浦 紹明・・・・蘭渓道隆に参禅。蘭渓がはじめて鎌倉で禅を広めた常楽寺ゆかりの高僧。「常楽は建長の根本」といわれる。
鎌倉文士 ・・・・関東大震災の罹災後、壊滅した東京市街から鎌倉へ多くの文学者が移住した。一方、浦和には画家が多く移住した。
北大路 魯山人・・鎌倉に居を構えた美食家・芸術家。山崎の星岡窯で陶芸・書・篆刻に励んだ。